結局、太宰と檀の宿代を佐藤春夫が出し、残りは井伏鱒二が、自分のものや、太宰の内縁の妻・初代の衣類などを質に入れ、代金をまかなってくれたのだそうです。『走れメロス』が書かれる前には、こんなできごとが太宰の身にも起こっていました。怒った檀に「待つ身が辛いか、待たせる方が辛いか」と太宰は言いますが、2人分の借金を抱えたまま熱海で待っていた檀は、肩身の狭い思いをしていました。檀一雄は翌日、太宰と将棋を指していた井伏鱒二と共に、太宰の師であった佐藤春夫を訪ねます。太宰と檀が、熱海で女遊びをしていたことは、領収書を見れば明白でした。井伏さんは時折、例の、女の勘定書きを膝の上にパラパラとめくりながら、先生と、私の顔を交互に見られた。それを知った上で、もう一度『走れメロス』を読んだら、また違った面白さがあるかもしれません。ぜひ読んでみてくださいね！テキスト、画像等を他所でご使用になりたい場合は、ブックオフオンラインカスタマーセンターまでお問い合わせください。(岩波現代文庫『小説 太宰治』檀一雄(著)、P125～P126)飲食代ならまだしも、遊女のところへ行った領収書を目の前でめくられてしまっては、恥ずかしくてたまりませんよね。熱海事件は、まさに『走れメロス』と似ているところがあります。ただ、太宰はメロスみたいに走らなかったし、檀の元には戻りませんでしたが、良い友人を持ったことに変わりはありません。私は後日、「走れメロス」という太宰の傑れた作品を読んで、おそらく私達の熱海旅行が、少なくともその重要な心情の発端になっていはしないかと考えた。あれを読むたびに、文学に携わるはしくれの身の幸福を思うわけである。実は『走れメロス』には、書かれるきっかけになったのではないかと考えられている、太宰治のとんでもエピソードがあるんです。みなさんは太宰治の『走れメロス』を読んだことがありますか？ 教科書に載っているので、一度は読んだことがあるかもしれませんね。この、太宰が金を借りに行ったきり戻ってこず、井伏鱒二と東京で将棋を指していた事件を、通称「熱海事件」といいます。Copyright © BOOKOFF CORPORATION. しかし太宰さんの期待とは裏腹に、いざ蓋を開けてみると芥川賞は別の人のものに。檀さんは「久しぶりに太宰に会える」と喜んで引き受けますが、熱海で合流すると彼を連れ戻すどころか、誘われるままにお酒に女性にと豪遊してしまいます。第二次世界大戦前から戦後にかけて多くの作品を生み出した小説家。しかも選考委員の川端康成に「この人は私生活が荒れているから（意訳）」と評されていたことを知ります。冒頭でも書いたように、太宰治は芥川龍之介に並々ならぬ思い入れがありました。太宰さんの裏切りに、流石の檀さんも怒ります。しかしそんな檀さんに太宰さんは従者ほど近くで見られたわけではありませんが、偉人を調べていくにつれて確かに「人より優れた人」「立派な人」という思いは薄れていきました。ちなみに太宰さんに置き去りにされた当初は怒っていた檀さんも、のちに『走れメロス』に熱海事件の影を見出した時には「あの熱海旅行がきっかけでこの作品ができたなら嬉しい」と喜んだそうです。冷静かつ公平な尊敬すべき人柄に思えますが、実は川端さんにも結構おかしなエピソードがあります。明日か明後日には戻ると言っていたのに、いつまで経っても太宰さんが戻らないので、檀さんは宿の人の許可を得て東京に戻りました。小説家として生きていけるだけでもすごいのに、文豪と呼ばれ、後世まで作品を読み継がれる。その後は条件的な問題で参加することすらできなくなり、けっきょく芥川賞は取れなかったそうです。中原さんは詩人という職業、また１５０ｃｍ弱という小柄に似合わず気性の荒い人物だったようで、本当の自分を隠すために薄い皮を被った状態では、傷や粗が見えないほど遠くからでは、お互いの温度を感じることはできません。すると檀さんを解放するためにお金をかき集めているはずの太宰さんは、人は弱みや欠点を恥じて「なるべく無くそう」「無くせないなら、うまく隠そう」と努力します。奥さんから預かったお金を使い果たし、宿代や飲み代が払えなくなると、太宰さんは檀さんを借金のかたとして熱海に残し、自分は金策のために東京へ。2人のやり取りについて詳しく知りたい方は、下記のリンクからどうぞ。お互いにお互いを死地に置き去りにした経験がある太宰さんと檀さん。「ちょっと変わっているけど、こんな友だちがいたら楽しそうだな」現代では文豪として知られていますが、一方で「クズ」や「ダメ人間」との声も少なくない太宰さん。川端さんはとても無口かつ目力の強い人だったらしく、その鋭い眼差しと気まずい沈黙は、とりあえず川端康成さんが太宰さんの私生活についての発言を取り下げたことで、この騒動については収まったそうです。それでも交友を続けていた２人は、逆にすごく仲が良いのかもしれません。それを知った太宰さんは『文藝通信』という雑誌で、『川端康成へ』という文章を発表し、その時は「津島（太宰さんの本名）はいま眠っていますので」と暗に帰ってくれという女性を無視して勝手に寝室に上がり込むと、「関白がいけねぇ、関白が」と枕もとで大騒ぎして、すでに布団の中で横になっていた太宰さんを脅かしました。川端康成は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」という冒頭文が有名な『雪国』という小説を書いた小説家です。話は変わりますが、太宰さんは詩人の中原中也によくいじめられていたそうです。ちなみに太宰さんには、他にも文豪仲間たちとの愉快で残念なエピソードがいくつかあります。賞金で借金を返したいという切実な動機も合わさり、芥川賞の獲得を熱望していたそうです。ですが熱海事件で、借金を作った太宰さんを助けてくれた人たちがいたように、文豪のエピソードを詳しく調べていくうえで「流石は文豪。ビックリするほどキャラが濃い」といい意味で驚かされるほかに、時にうざがりケンカしつつも、お互いの才能を尊敬し愛おしみ合う人間関係が、とても温かいなと感じました。ただし太宰さんは川端さんの他にも、芥川賞選考委員で作家の佐藤春夫さんに対して、長さおよそ４ｍの巻紙に檀さんは太宰さんを中原さんから助けてくれたのに、太宰さんのほうは檀さんを置き去りにするなんて「なんて酷いことを」「太宰さんは鬼か」と思われるかもしれません。作家としての激情やこだわりがそうさせるのか、文豪と呼ばれる人には生活力や協調性に欠けて生きづらそうな人が多いです。その後、用事を済ませたメロスはセリヌンティウスが処刑されないように、命の限り走って約束を果たしました。しかし太宰さんの場合は……。そんな太宰さんを見かねて同行していた檀さんが中原さんを外に引きずり出し、「この野郎」と食ってかかる中原さんの攻撃をこれを受けた川端康成は、私生活についてまで言及したことは取り消すと言ったそうなのですが、しかし偉業だけでなく格好悪いエピソードを知って、浮き彫りになって来た普通の人間としての彼らのほうが、より興味深く愛らしい人たちだと感じました。一時間も無言で見つめられるのは辛かったでしょうが、信頼関係はあったはずなので安心してくださいねそんな憧れの作家の名前を冠した芥川賞の１回目の候補に、自分の作品が選ばれた太宰さん。飲み代や宿泊費は、師匠の佐藤春夫や井伏鱒二それと太宰さんの内縁の奥さんが代わりに工面し、足りない分は交渉して解決したと言います。生活が困窮しても決して見放さずに助けてくれる人がいたあたり、困ったところ以上に大きな魅力を持った人たちだったんだろうなと思いますだけどそれは自分を覆い隠すか、距離を取って傷や粗を見せないようにすることです。しかしそんな彼には、同じく作家の檀一雄さんという親友がいました。太宰さんに理不尽に恨まれやや憤りつつも、論理的に誤解を解いて、その後は小説を正当に評価してくれた川端さん。それが裏目に出たのか、単なる巡りあわせか、太宰さんは二回目の芥川賞でも受賞を逃しました。
太宰は、そのイメージに違わず、若い頃から恋多き男でした。彼が最初に恋仲になった女性として記録に残っているのは、1927年（18歳）に知り合った故郷・青森の芸姑、小山おやま初代です。当時すでに同人誌『細胞文芸』を立ち上げるなど執筆活動に打ち込んでいた太宰は、故郷で初代との逢瀬を重ね、21歳の頃には小山家と結納も交わしていました。1935年、『文藝』に発表した小説『逆行』が芥川賞候補になるなど、作家としてのキャリアを順調に進めつつあった太宰。しかし26歳のとき、腹膜炎に … そんな井伏鱒二のおすすめ作品は『ジョン萬次郎漂流記』。 太宰治唯一の正妻だった津島美知子が綴った太宰治の回想記。 1938年（昭和13年）のお見合い以降、戦前戦後の太宰治の素顔を描く、渾身の回想記。 太宰と交流を持った多くの文人たちも登場して、昭和初期の文壇史をたどる。 書名 太宰治の遺書には、「井伏さんは悪人です」 という文言があるといわれている。 この文言の意味をめぐり、太宰の真意や井伏との関係などについて、当時から関係者や研究者、作家らに All rights reserved.1936年（昭和11年）11月、太宰は熱海にこもって執筆をしていた。もう、生涯あのような恥ずかしい目に会わずに済めば幸わせである。私は「丹下氏邸」を読み返すたびに、あの日の井伏さんの、膝の上に積まれていた、女の、夥しい勘定書を思い起こすならわしだ。太宰は戻ってきませんでしたが『走れメロス』を書いたとき、一緒に熱海で遊んで、熱海に残してきてしまった檀一雄のことを、太宰も思い出していたかもしれませんね。 故人へ送る言葉、"弔辞"。弔辞を見れば、故人の人となりや、その人と送り主との関係が浮かび上がってきます。今回は、作家たちが友人や同志に送った名弔辞を4つご紹介。美しい「別れの言葉」を味わって …
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